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三浦春馬くんの死に続いて竹内結子のニュースまで。
悲しくなった。
志村けんの死も驚いたし悲しかったけど、自分で自分の命をたつって想像もつかない。
自殺の大半の理由はほとんどは突発的って言われてるけど、人間って急に孤独になったり誰もが敵に思っちゃう時だったり何したって悲しくって仕方ない時ってどうしてもあるよね。
人生は心臓の波動と同じように波があるんだから苦しくなる時は誰にだって起こりうること。生きてるって苦しいなぁって思う時ってきっと人生のうちに何度もある。



きっと死にたいくらい悲しくて辛くなってその時に自殺を選んだ人もきっときっと突発的で、日々毎日毎時間ずっとずっとずーーーーーっと苦しかったわけじゃないと思う。家族と過ごしてる笑顔の時間は嘘じゃないし、友人と笑い合ってるのも本当だったと思う。
真面目な人がそうなるとか、強く見えて実は弱かったんだね、なんて色んなことを言う人がいるけど、これって誰にだって起こりえることじゃないのかなぁ。





結婚したばかりの頃、私は今より100倍泣いて暮らしてた。
世間には好きな人と結婚したから幸せそうだと思われてたかもしれないけど、すごくすごく不幸に感じてた。好きだった仕事を辞めて十勝に嫁ぐことも全部じぶんで決めたことなんだけど、友達がいない嫁ぎ先、気晴らしにショッピングもできない欲しい服もない、土地勘もない、車もまだなくって気晴らしのドライブもできなくて(なんせ運転が超下手だったし)、やっと出かけた先では旦那さんの知り合いに会っちゃったり「 詩音ちゃん、いたよ」って旦那さんに連絡入ったりで向こうはそんなつもりないんだろうけどなんだか監視されてるような気分になってて息苦しかった。バイトもダメって(その時は)言われてて、寂しくて人恋しくても家の周りはほとんど誰も歩いてなくて雨の日は近所の公園に行けなかったから人の気配を少しでも感じたくてベランダでお昼ご飯を食べてたくらいだった。家事も超苦手で14時から夜ご飯を作りはじめててそれでも出来上がったハンバーグは劇的に不味かった。笑
唯一話せる旦那さんは自分の友達の約束もあったり会食でいなかったりで、あの時のわたしは何故だかすごく孤独を感じてた。旦那さんにも弱音を見せないで元気で大丈夫な詩音ちゃんを演じてたのもある。
新婚で幸せいっぱいのはずが心の中ではあれ?って、いつも思ってた。こんなはずじゃない、こんなはずじゃない、そんな風に悩んでた。
あの時の私はあっきに死ぬほど依存したんだよなぁ。
今思い返すと、仕方のないことなんだけど。人のお金で生活するのにも慣れてなくて別にダメって言われてないんだけどなんだか買い物一つするのも何故だか罪悪感が芽生えて高いものを買うときは申し訳ない気持ちになって。買うものはあっきにオッケーって思われるものだけ。あぁ、書いてるだけで思い出すだけで息苦しいっ!!!!
今だと笑えるんだけど、あの時の私は自分の人生なのに全部あっきに決めてもらってて。全部あっきにお伺い立ててて。
あっきが嫌がりそうだから止める、あっきがだめって言うからやめとく、全ての判断を良かれと思ってあっき任せにしていて、そりゃそんな重たい女じゃ夫婦生活だってうまくいきっこなくって。
夜になると喧嘩ばかりしてた。
これを今の私が自己分析すると、自分の判断を人に委ねると何があっても自分の責任じゃないから楽だったんだよね。だって変なことや問題が起こったら、あっきのせい。「 だってあなたが言ったじゃない?」って言える。
でもその逆もそう。例えばうまくいったとしても、それはあっきのおかげ。私の力じゃない。全然そんなことないんだけどそう思えてくる。
これを繰り返していくと、どんどんどんどん自信がなくなるんだよね。
自分の判断を人に任せるって本当に危険なことだったって今は分かる。自分の”好み”や”好き”なんてのも、もちろん分かんなくなる。だっていつも誰かの好きで選んでるから、”わたしの好き”に意識を向けなくなる。
SNS社会の今は、誰かからのいいね!で判断する子供が増えてしまいそうだよなぁって思う。それは生きてく上での苦しさのはじまりになる。
そんなわけで、結婚前香港で自分が最強!いちばんっ!!で生きてきた私は、嫁いでどっぷりあっき任せの(聞こえは旦那さんを立てるようないい嫁に聞こえるけど)くそつまんない自信のない嫁になってしまってたんだなぁ。
あぁ、懐かしい。絶対に絶対にあの頃の自分に戻りたくない。(体型は戻りたいけど笑)






とにかく
理想の思い描いてた新婚生活とは程遠くて、月に一回以上東京に里帰りしてパワーチャージしに帰ってた。あの時、他の嫁いできてる友達は里帰りもしないで毎日ちゃんと家事もできてて全然苦しそうじゃなくて、私は自分で自分のことを幸せにできない子なんだなぁって自分を責めてたけど、東京にいっぱい里帰りして逃げてたからこそ私はなんとかやり過ごせてたんだと思う。あの時はよく泣いてたけど、たぶん外から見たら詩音ちゃんは元気そうで幸せそうでって思われてたかもしれないけど私はすっごくすっごく苦しかった。
人って分かんないよなぁ。








みんなは普通にできてるのにどうして私は苦しいんだろう。この上、子供ができちゃったらどうなっちゃうんだろう。でも子供がいたらこんな事で悩むこともなくなるくらい忙しくなれるのかな。そんな考えだった。
でも、神様はちゃんと見てくれてるよね。
あの時すぐ子供ができちゃったら、わたしはきっと狂ってた自信がある。そんなキャパこれっぽっちもわたしにはなかった。この土地に慣れること、わたしの友だちを作ること、家庭以外に自分の居場所を作ること(アルバイトでもなんでも良かった)、それを頑張ってみたけどそれでも私の心は苦しいまま。
でも、あるときもう逃げてもいいんだよ?
そんな風に言ってくれた人がいて、これを自分に心の底から許したら余裕が生まれてきた。(ほんとに無理だったら東京に帰ってOLしよう、なんかそれはそれで楽しそう。しかもまたすぐ結婚できそう。笑)そんな風に気付いたら思えててそしたら前みたいにちゃんと笑えるように戻ってきた。
自分を取り戻したら、あっきとの関係ももちろんよくなった。








「 苦しかったら逃げてもいいんだよ。」
これは弱い人間を作るんじゃなくって、ホっとできる魔法の言葉。
日本社会は、我慢が美徳とされてて苦しくても逃げないで我慢、辛くっても必死で頑張る、←そんな教育はクソくらえだと思います。結婚は我慢とか忍耐なんて言葉も間違ってると思う。それでうつ病になって苦しくなって再起不能になるよりは辛かったらSOSを出してすぐ逃げ出していい。そんで元気になったらまた違う発想ができるようになる。幸せになるために結婚するんだもん、誰もが幸せになるためにその行動をするんだもん。なんで我慢しないといけないのさ!
あと嫌いなのは、出産の痛みに耐えてこそ我が子を愛せるとか、そんなもんも嘘っぱち!母乳じゃないと栄養がないとか、んなもんあるかい一!って生んでもないのに鼻から信じていません。全部、全部母親を苦しめる言葉ばかり日本にはある。








苦しんでる時は普段の自分の判断ができなくなるから、突発的ってことが起こるんだと思った。渦中にいると、いつもできてることも、ちゃんと感じられてる愛も全部信じられなくなってしまう。あの時東京に帰らないで踏ん張って心を置き去りにして我慢して無理をしていたら、きっと新婚当時の私だって分からなかったなって思います。
それくらい、誰にだって起こりうることだと思う。
弱いとか強いじゃなくて、人間は誰だって弱い時も強い時もあるんだってこと。それが分かった。






今は辛いって言われてる不妊治療を始めてるから、意識的に自分の心のバランスを取る練習を毎日してるような感じです。
じぶんの心と体と魂にちゃんと耳を傾けてあげる。
それを、とにかくとにかく大切にしています。
自分の中でどうしたい、こうしたいって心の中の自分の本当に本当の気持ち(お腹の底からの気持ちや言葉)をピカピカに磨くのってすごく気分がいい。
いま何が食べたい?
誰といたい?
誰と会いたい?
どこに行きたい?
どうしたい?






今までもちゃんと自分をいちばん大切にしてるつもりができてなくって、すごく雑に扱ってきてたことに気付いて。全部が、バラバラだった。
この生き方を始めたら、自分と繋がる感覚がより分かるようになってじわぁ〜っと安心感が出てきたんです。あと自信も湧いてきた。
友達がいっぱいいても
たとえ親友がいても
素敵な旦那さんがいても
いい仕事をしていても
人気があっても
孤独は誰だって感じるんだなぁ。
いちばん大切な自分の心を置き去りにしてるとすぐ苦しくなるから、みんなが自分の型でホッとする方法や元気が湧くリストをたくさん作っておくのって大切だって思ってます。私もひさしぶりに自分の元気玉リストを作ってる。
苦しいって気持ちも悲しいって気持ちも他の誰でもない自分自身でなんとかするしかないんだよね。それをなんとかできるのは、”わたし”しかいない。






いつもいつでも心は素直だから本当にホっとできてるか、よく観察してみること。
ザワってしたら、ん?あれ?なんだろう?
このザワザワは私にいい影響になるから今のこれは逃げないで怖いけどこれは頑張るやつだ、とか、これを今頑張る必要がないから逃げちゃおう、そんな判断も自分で決めてできるようになってきました。
間違える時もあるけど日々エクササイズです。体育や運動は習うのに、心の筋トレは学校では教えてくれないもんね。なんでだろう。









「 苦しくなったらいつでも逃げていいんだよ。」
子供ができたら、そんなふうに子育てしたい。ちゃんと自分の心をいちばん大切にできる子になれるとすごく人生が安心感でいっぱいになる。
ちゃんと自分の心のまんまに素直に生きる。
悲しむ時があっていい、ちゃんと落ち込んでいい。すぐ逃げてもいい。
わたしも自分だけの幸せをちゃんと選べる人生を魅せてあげたいなぁ。
だからいつだって勇気をもって逃げ出したり、敢えて頑張らないを選ぶこともときには大切だって世の中の教育がそう変わっていくといいなぁ。
どうか、どうか、あなたもいつでも自分に優しくいてあげてください。