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実家の母から送られてきた、吊るし雛。
女の子の節句の時も数年前に送ってきてくれたけど、あれと比べるとちょっと黒っぽい仕上がり。
男の子の飾りなんですよ。
お人形の顔つきが全部かわいいの。
お気に入りです。
わたし、日本のこうゆう習わしが大好きです。
私の子ども時代は、めちゃくちゃ各行事をとにかく大切にしてたんだったって嫁に来てもっともっと感じてます。
どんど焼きにはお団子作って長い木に刺してお団子焼きに行くし
ひとつ目小僧が出る日(これ、たぶん町田市矢部町だけ!?)は、玄関にザルと煮干しを下げておいて靴も家の中に全部入れるし
節分には近所のお稲荷さんまで豆まきにも行くし
夏祭りは浴衣を着て盆踊りに絶対参加だったし
9月のお祭りでは子供神輿も担いで山車も牽いて
小学校高学年になったら山車の一番前でお囃子太鼓を叩いてたし
お正月は着物でみんなで参拝して
お正月前にはお父さんはしめ縄作りと鏡餅を手作りしてて
お月見さんにはちゃんとお団子をお母さんは作って近所からススキを飾って
お彼岸にはおはぎも餡子もお手製で
ゆず湯も菖蒲湯にも入って
お雛様も五月人形も鯉のぼりもクリスマスツリーもめいっぱい飾ってた。
今だから、すごいなーって思います。
このいろいろな習わしは、神様やご先祖さまや地球の恵み、今のわたしたちの暮らしの豊かさに感謝するってのが根底だったけど
大人になって気付いたら私は
願い事が叶ったらお礼参りに神社へ行ったり
新月には自分の願いを書いて
満月には月を見て色んなものを浄化できるように願ったり
自分と家族の幸せをさらっと願って、なんだか本当に私の暮らしは傲慢だったなぁ〜って感じたよ。
自分で全てをコントロールしてるような気になってたなぁ。
コロナウイルスで、今までの当たり前が当たり前じゃないから小さな幸せをもっと感謝するようになったけど、ある人から特に我が家は命を頂いてる職業だから本当にちゃんと感謝するといいよってアドバイスもらって
日々を見直してみた。
年に一回は、あっきの会社で畜魂祭といって人間のために殺される魂を慰めるお参りが会社でもあるけど、日々の感謝は抜けてたかもしれない。
植物も、動物も、なんでも魂があって
動物たちも食べられるだけじゃなくって、これからコロナのワクチンの薬の実験で使われたり、人間たちの暮らしをもっとよくするために沢山犠牲になってるってこと、ちゃんとちゃんと思い出したよ。
お肉を食べないって人もいるけど、私は実はそれは少し残念に思ってる一人です。
私が牛だったら、もう心から美味しく図々しく食べてほしい。
それでお料理のエネルギーを、自分の力に変えてもっともっと元気に暮らしてほしい。
だって、この綺麗な地球に住んでるだけで人間は毒になってる。人間は地球をちょっと間借りしてるって感じなのかなぁって思ってる。
子供時代に、「 ちゃんと手を合わせていただきますしなさい!」って言われてたのは好き嫌いして食べ物で遊んだりするとやっぱり怒られてたし、ご飯粒をちょっとでもお茶碗に残してると「 お百姓さんが悲しむよ」とか
お墓まいりでは雑草抜きもして手を合わせて「 詩音ちゃんがいるのは、ご先祖様のおかげなんだよ」なんていつも言ってたお母さんの言葉たちは、
全部ぜんぶ、”ありがとうの気持ち”を日常で感じるようにしてくれてたんだなぁ。
手作り吊るし雛からの母の愛情だけじゃなくって、
家族に対してありがとう、
日々の食材、もの、環境、仕事、仲間、神様、地球、もう壮大な感謝が芽生えてありがとうの気持ちがいっぱいになってる気がする。
悪くないね、コロナウイルス!!!
敵がひとつだと必然的に団結力が生まれるし、「ほら、戦争なんてしてないでさ、 みんなでがんばっていこうね!」って気持ちを思い出させてくれてるのかね。
自粛延長も決まったし、もうめいっぱい感謝して過ごそうと思います。
あと、私も手作り感覚で出来る範囲で行事をたのしんでみよう。思い出も増えるし、気分も上がるもん。